友人A

「小説を書こうと思う」
彼はそう言うなり、黙り込んだ。「書けばいい」と僕は言ったが、彼が小説を書かないことを知っている。

「どんな話を書く?」
僕がそう言えば、彼は気色ばんだように答える。
「まだ分からないよ。書くべきことなら山ほどあるから」

僕も小説を書きたいと思うが、実際に書いたことは数えるほどしかない。常にそこにあるのは、いつかうまく書けるという漠然とした思い込みだけだった。

「なんのために書く?」
彼はその言葉を聞くなり、考えをまとめるようにしてテーブルに肘をつき、手を遊ばせた。彼はよくそうしていた。
「人が興味を持つようなことはなんだろう」
「知らないよ。君が思うことを書けばいい」

「せっかくならみんなに読んで欲しい」
「みんな?」

彼は失望したようにこちらを見た。僕は不器用ながらに微笑む努力をする。

彼は言う。「書くのであれば、納得したいんだよ」
他人に評価されたいという願望が透けて見えるようだった。それが小説である必然性を感じるのは難しかった。

「書きたいことがたくさんある」
小説を書こうとするその意思自体に生活を輝かせる何かがあった。彼の瞳は、いつも何かに追い求められることを望んでいる。

「まずは一行でも書いてみたらどうかな」
「それを考えているんだ。一行目は最も大事だから」
彼は僕だ。僕たちは、どこかでいつも何かを待っている。

「日記を書くのはどうかな」
「日記と小説ではまるで違うものだよ」
「日記を書く作家が多いと聞くよ……どんな作家が好きなの?」
「カウンセリングでもするつもりか?」

彼はそう言ってしまったことで、後悔しているようにもすっきりとしたようにも見えた。過去に対する苛立ちがあるのだろう。

「あんまり小説は読まないんだ」
今度はうまく微笑むことができた。僕たちは、同じ苦しみを共有していた。
「書きたくなったら書けばいいんじゃないかな。眠くないのにベッドに行くのは苦痛でしかないから」
「結局いつも未完成だ」
僕は時計を見た。まだ20分も経っていなかった。

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セイウチ三郎(編集部)
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