八十代の半ばに達した爺さんが、いまさらながら子どもが心配になって、いろいろな方にお話を伺いたいと考えた。(まえがきより)
鎌倉市内の保育園の理事長を30年以上も務め、子どもたちのことを考えてきた養老先生と、日常子どもと接している4名の方々との対談が収められています。
教育や研究に関わる専門家たちの知見やアドバイスが加わり、子育てにおける視点を広げる内容となっています。
あらすじ
昭和30年代ごろより、「子どもの遊び場がなくなる問題」が発生し、子どもたちの騒がしさが日常から次第に消えていった。
養老先生はそれを自然が排除された「脳化社会」(=都市化)と呼び、ヒトの自然の典型とされる「身体」と「子ども」と「都市」の折り合いがつかなくなってきた、と説きます。
子どもの未来を考えるべく、養老先生が日本の未来、子どもの未来を考えるための「考え方の基本」について、四名の碩学(学問が広く深い人)と語り合う。
親という立場からすれば、子どもになにかの力を身につけさせたいと思うかもしれないが、子どもは自然であって、自然はひとりでに展開していくものであろう。現代人はそこを自分の考えでなんとかしたがるわけだが、その傾向が少子化を生み、いわば若い世代をふこうにしていっている元凶ではないかとすら思う。四人の先生方それぞれに子どもたちが自然に十全に育っていくことを願っておられるように思えた。
「子どもが心配」PHP新書 P4
対談相手の紹介
対談相手となる4人の専門家をご紹介します。
宮口幸治氏
発達障害支援や非行問題に取り組む宮口幸治氏。
大ベストセラーとなった『ケーキの切れない非行少年たち』の著者。
児童精神科医として勤務していたが、病院に来られるのは、保護者や支援者がいる子どもたちだけではないか。
「精神科病院ができることには限界がある」。そんな思いから、病院では“治せない”子どもたちが集められる「医療少年院」でその実態を知るべく転身。
高橋孝雄氏
小児科医として多くの子どもだけでなく、親たちを見てきた高橋孝雄氏。
「小児科医は子どもの代弁者ではなくてはならない」。
育児におけるインターネットの過剰利用に警鐘を鳴らす。
小泉英明氏
世界初の微量元素の測定手法や国産初となる超伝導MRI装置を開発した小泉氏。
子どもの脳がどのように育まれていくかを「コホート研究」(特定の集団を長期間観察して、病気の発症要因や予防因子を推定する研究手法)の手法で取り組んでいる。
高橋和也氏
自由学園の学長。
「人間としての成長を願う学園」を運営している。
対談内容
対談では、4人の専門家がそれぞれの立場から「子育て」における重要なポイントを語っています。
サブタイトルにある「三つの力」とは、「認知機能」・「共感する力」・「自分の頭で考える人になる」ことを指しています。
ここでは、その対談内容について触れていきます。
宮口幸治氏「学びのための根本的な能力」<認知機能>
宮口氏との対談では、発達障害や非行問題に直面する子どもたちの支援の在り方が語られています。
子どもの個性を尊重しながらも、親が適切に寄り添うための方法や、失敗を恐れずに自分を表現できる場づくりの重要性が強調されています。
高橋孝雄氏<共感する力>
自身の五感で情報化させずに、誰かが収集した情報を処理する「情報処理」がネットの世界で膨張していることを皮切りに、「違和感」について語るお二人。
高橋氏が最も違和感を覚えているという「少子化」問題に話は進展します。
さらには「実体験の減少」について話はのぼり、適度なストレスによって成長が促される「エピジェネティクス」についても語られる。
多くの示唆に富むお話です。
小泉英明氏<共感する力>
現在の脳科学の傾向から、小泉氏のfMRIを用いた子どもの脳の研究について語り合います。
小泉氏が取り組んでいる「コホート研究」から、一、二歳までは「褒めて育てる」ことが推奨される話が判明しているというお話があります。
さらには、脳の働きの観点から、「幼少期」は自然のなかに身を置くことの大事さを語りあいます。
最後に語られる「教育の最終目標」は必見です。
高橋和也氏<自分の頭で考える人になる>
偏差値偏重主義的な教育ではなく、人間としての成長を促す教育を施す「自由学園」。
実際に現場で行われている「生徒たちの自立を促す」教育について、語り合います。
名言で読む「こどもが心配」
本書には、子育てに役立つ名言が数多く登場します。「子どもが自らの力を信じるためには、親がまず信じることから始まる」や「失敗は成長の種である」といった言葉が、親にとって大きな励みとなります。
子どもとの関わりをより豊かにするためのヒントが詰まった名言の数々が、本書をより深いものにしています。
宮口幸治氏「『ケーキが切れない子ども』を変える教育とは」
宮口先生が実際に医療少年院で出会った非行少年たちは、いわゆる凶悪犯罪を起こしてしまった少年たち。
実際に会ってみると凶悪犯罪からイメージする人物像とは全く違うと言います。
むしろふつうの少年たちで、どちらかというとおとなしく、「社会的弱者」という感じ。そのギャップのすごさに衝撃を受けました。
そんな少年がどうして凶悪な事件を犯したのか。突き詰めていくと、「学校の勉強についていけなかった」「ことが大きな原因の一つだったと考えています。
「子どもが心配」PHP新書 P19
学校の勉強についていけるかどうかがひとつの分岐点になっていると言います。
養老先生は、社会の「システム化」によって、置いてけぼりになる子どもたちが増えていくことを懸念しています。
私の言う「システム化」とは、「ああすればこうなる」と決めつけて、その原理に合わない存在や考え方を排除する力が働いている集合体を意味します。そのシステムからすると、認知機能に問題のある子どもは、“ノイズ”になってしまうのでしょう。
「子どもが心配」PHP新書 P24
ノイズとはつまり、一般の医師にも精神科医が知る機会(診断対象にならない)が減少する可能性が高まることを意味しています。
では、認知機能に問題があると気づくにはどうすればいいのか?親は子どもにとってどのような存在を目指せばいいのか。
具体的な提案がなされているので、ぜひ、本書をチェックしてみてください。
高橋孝雄氏「日常の幸せを子どもに与えよ」
五感による「情報化」の重要性に共感する高橋氏。
患者さんが訴える不調にまだ病名が与えられていなくても、その違和感に気づくことが医師として求められていると言います。
高橋氏が現在、最も違和感を抱いていることの一つとして「少子化」をあげています。
少子化=出生率の低下、諸外国の施策ということに議論が集中し、根本的な問題が取り扱われていないと言います。養老先生も同様の意見をお持ちのようです。
私も少子化で問題なのは、人口が減ることではないと考えています。なぜ現在の日本人は子どもを欲しいと思わないのか。さらに言えば、子どもが可愛いという感覚が失われつつあるのか。これこそが、根本的な問題でしょう。
「子どもが心配」PHP新書 P68
さらに、高橋氏はインターネットの過剰利用についても違和感を抱いているようです。
インターネットにおる恩恵を十分に理解しながらも、弊害を見過ごすことができないと言います。
どんな弊害があるのか。大きく「無言化」「孤立化」「実体験の減少」の三点を指摘できます。
「子どもが心配」PHP新書 P69
実体体験による子どもへのポジティブな影響、適度なストレスを解説しつつ、子どもを変える遺伝子以外のシステムである「エピジェネティクス」についても解説されています。
本書の見どころの一つでもあるこの議論を読むことで、子どもの教育で重要なことを学ぶことができます。
小泉英明氏「子どもの脳についてわかったこと」
実体験の重要性を脳科学の観点から議論します。
赤ちゃんが生まれてすぐにやることは、「手を伸ばすこと」。触れることで、様々な感覚を情報として脳に取り込んでいきます。
続いて、「(掴んだものを自分の方に引き寄せて)しゃぶる」。手指、口などを駆使し、感覚をさらに発達させていきます。
そうして、「ハイハイ」。自分の動ける範囲を広げ、精度の高い情報を獲得できるようになり、段々と高次の脳機能(連合野)を発達させていくようです。
ここに現代の課題があると養老先生が分析します。
戦後になって日本人は「身体」の問題を意識しなくなった、または忘れてしまい、「脳」だけで動くようになった。
「子どもが心配」PHP新書 P138
乳幼児における身体を使った学習が軽視されてきた可能性を指摘します。
小泉氏は、実体験でしか得られないことを次のように解説します。
あと、バーチャル体験と決定的に違うのは、意識下にまで多くの“生の情報”が入り、脳神経を活性化させることです。実体験では脳は、意識するまでもなく五感を総動員して無数の情報を取り込んでいきます。一方、バーチャル体験だと、どうしても得られる情報が限られます。つくられた世界は、人間の脳を一度通した抽象化されたものだからです。
「子どもが心配」PHP新書 P141
ここからネットゲーム依存症の脳で起きていることや、「ポケモンショック」の話題へと話が展開していきます。依存と夢中の違いについての言及は大変学びのある話です。
高橋和也氏「自分の頭で考える人を育てる」
自由学園は、「手と頭がつながる教育」の一環として、1950年から植林活動をされている。
当時の生徒は何十年という未来を描きながら、活動に尽力したという。
その後も生徒たちは、自身が歴史の一部であること、結果が自分に返ってこないながらも、それこそが醍醐味だと話す生徒もいたそうです。
思えば、教育も同じですね。結果が自分に返ってくることばかり求めていると、自分の利益になることだけをしよという発想になります。自分を超える価値や理想に触れていくことが、未来の社会をつくる生徒たちが育つうえで大切だと、私じは思っています。
「子どもが心配」PHP新書 P210
感想
『子どもが心配 – 人として大事な三つの力』は、子育てにおける本質的な問いかけを提供する一冊です。
子どもの成長を支えるための実践的なアドバイスに加え、親としての在り方をも見つめ直す契機となる一冊として、多くの親に支持されているのではないでしょうか。
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