第3巻では、財前の医師としての才能と野心が最高潮に達する一方で、彼の倫理観が厳しく問われることとなります。
国際舞台での輝かしい成功と、ひとりの患者の死をめぐる医療裁判という、光と影のコントラストが本巻の核心を成しています。
ドイツで行われた国際外科学会で財前の画期的な手術法が称賛される頃、彼の判断が問われる医療過誤訴訟が勃発。さらに、医療の商業化や病院経営の問題、医師のキャリア形成と患者への責任の両立など、多層的なテーマが織り込まれています。
本巻では、財前を取り巻く人間関係や、彼のライバル・里見脩二との確執も深まり、医療界の複雑な力学が読者の胸に迫ります。財前の野心と里見の良心的な医療姿勢の対比が、「医療とはなにか?」という問題を提示します。
目次
あらすじ(ネタバレあり)
国際外科学会での華々しい活躍
財前五郎は、ドイツで開催される国際外科学会に出席し、特別講演を行います。独創的な術式を発表し、ドイツの著名な外科医からも絶賛を浴びることとなり、財前の名声は国際的にも高まりを予感させます。
さらに、ドイツでの手術の成功させ、と同時に海外の最新医療技術や研究成果に触れ、自身の医療技術をさらに向上させる機会を得ます。彼の野心と探究心は大きな刺激を受けます。
外遊中、折に触れ、日本から届く佐々木の容態の変化、ついには死を告げる連絡にも我関せずといった姿勢を貫きます。
佐々木庸平の死をめぐる医療裁判
財前の栄光の陰で、日本では悲劇が起こっています。
手術が成功した佐々木の容態が日に日に悪化し、ついには死に至ります。佐々木の遺族は、財前の過失を主張し、医療過誤訴訟を起こします。
裁判では、財前の判断や手術技術、そして術後の管理体制が厳しく問われます。特に焦点となるのは、財前が佐々木の手術を若手医師に任せ、自身は国際学会に出席していたという事実です。検察側は、財前の不在が適切な術後管理を妨げたと主張し、財前の責任を追及します。
一方、弁護側は財前の高い技術力と、彼が確立した手術プロトコルの安全性を強調します。若手医師への指導と権限委譲は、医療の発展には必要不可欠であると主張し、財前の判断を擁護します。
この裁判は、財前個人だけでなく、浪速大学病院全体を巻き込む大きな騒動に発展します。メディアも注目し、財前の評判や病院の信頼性が揺らぎ始めます。病院内部でも、財前の支持者と批判者の間で軋轢が生じ、医局の雰囲気は緊張感に包まれます。
裁判の過程で、医療の在り方、医師の責任、患者の権利など、現代医療が抱える様々な問題が浮き彫りになっていきます。特に、医療技術の進歩と患者の安全性のバランス、医師の教育と責任の所在が重要なテーマとして取り上げられます。
本巻では、財前を取り巻く人間関係の変化、里見脩二との医学に対する意見の相違も深まり、医療界の複雑な力学が読者の胸に迫ります。
里見は、裁判の中で重要な証言を行い、財前の医療姿勢に疑問を投げかけます。この対立は、単なる個人間の確執を超えて、医療のあり方そのものを問う象徴的な対決となっています。
主要登場人物紹介
財前五郎
浪速大学医学部付属病院第一外科教授。
野心的で有能な外科医。技術力は抜群だが、出世欲が強く、時に患者よりも自身の利益を優先することもある。国際的な名声を得た後も、さらなる高みを目指し続ける。
里見脩二
浪速大学医学部付属病院第一内科助教授。
誠実で患者思いの医師。財前とは対照的な医療観を持ち、常に患者の立場に立った医療を心がける。医療裁判では原告・佐々木の親族にとって重要な証言を行う。
鵜飼
浪速大学医学部長。
財前の才能を高く評価しつつも、内外への影響を及ぼす財前の動向に常に目を光らせている。
財前の裁判によって、自身のキャリアだけでなく、浪花大学のプレゼンスの低下を招くことを懸念し、勝訴を向けて工作を目論む。
柳原弘
浪速大学医学部付属病院第一外科医局員。有給助手を務める若手医師。
財前に憧れながらも、その手法に疑問を感じることもある。佐々木の担当医として裁判のカギを握る。
大河内
浪速大学医学部病理学科科長・教授。(前・浪速大学医学部長)。
佐々木の解剖を行う。財前の裁判では、財前の教授選同様、フェアな立場で証言を行う。
財前又一
財前の義父。財前産婦人科医院院長。
財前の度重なるトラブルを金の力で解決しようと試みる。
医療裁判においても、費用に糸目をかけることなく、弁護士のバックアップを図る。
財前杏子
財前の妻。
財前の裁判に大きなショックを受ける。
花森ケイ子
財前の愛人。財前の野心を理解し、陰で支える存在。
佐々木庸平
医療裁判の被害者。財前の手術後に死亡した患者。
里見が癌転移巣の疑いを財前に提案しながらも却下され、ついには癌性肋膜炎による心不全で亡くなる。
佐々木よし江
佐々木庸平の妻。
佐々木庸平の死を財前五郎の誤診とした告訴を行う。
関口仁
佐々木家の弁護士。鋭い洞察力で医療側の問題点を追及するが、医療者側が有利とされる医療裁判に苦戦を強いられる。
河野 正徳
大阪弁護士会会長。財前の弁護士。
東貞蔵
近畿労災病院院長。
里見、関口からの依頼を受け、原告側に有利な証言を得るべく、有力な大学教授を紹介する。
財前五郎と里見脩二の関係性
財前と里見は同じ病院で働く優秀な外科医ですが、その性格や医療に対する姿勢は対照的で、ついには決裂とも言える状況に陥る。
患者に対する意識の相違はやがて、医療に対する見識の違いへと発展し、里見は財前のいきすぎた権力欲に辟易する。
一方、医療を大局的に捉えている財前は、小さな視点で医療を捉える里見に対して、少なからずの不満を覚えている。
医療裁判とは
医療裁判は、医療行為によって患者やその遺族が被害を受けたと主張し、病院や医師を相手取って起こす訴訟です。
この種の裁判は、医療過誤(医療ミス)や医療行為に対する不適切な対応が原因で、患者に重大な損害が生じた場合に行われます。
医療裁判の主な目的は、被害を受けた患者や遺族が公正な補償を得ることと、医療機関や医師の責任を追及することです。
本作では、佐々木庸平の死をめぐる裁判が中心となり、医療の在り方や責任の所在について深く掘り下げています。
医療裁判のプロセス
- 訴訟の提起: 患者またはその遺族が医療機関や医師に対して訴訟を起こします。訴状には、被害の詳細、医療機関や医師の過失、および求める賠償金額が記載されます。
- 証拠の提出と検討: 両当事者は証拠を提出します。これには、医療記録、専門家の証言、被害者の診断書などが含まれます。専門家の意見は特に重要で、医師の過失や標準的な医療行為がどのようなものであったかを示します。
- 審理と判決: 裁判所が証拠を検討し、医療過誤があったかどうかを判断します。過失が認められた場合、裁判所は被害者に対する賠償額を決定します。場合によっては、和解によって解決することもあります。
医療裁判の意義
医療裁判は、単に賠償を求めるだけでなく、医療の質を向上させるための重要な役割を果たします。医療機関や医師が過失を認め、改善策を講じることによって、同様の過誤が再発するのを防ぐことが期待されます。また、医療裁判は医療従事者に対する倫理的な責任を喚起し、患者の権利を守るための重要な手段となります。
現代医療における課題
医療裁判が増加する一方で、医療従事者が訴訟リスクを恐れて過度に防衛的な医療(防衛医療)を行う傾向も指摘されています。これにより、必要な医療行為が行われない、または不必要な検査や治療が増えることが懸念されています。したがって、医療裁判制度の見直しや、医療過誤を未然に防ぐための医療教育の充実が求められています。
医療裁判は、医療の質と安全性を向上させるための重要な手段であり、被害者の権利を守るための正当なプロセスです。しかし、医療従事者の負担を軽減し、患者との信頼関係を築くためのバランスが求められています。
白い巨塔とはなにか
物語終盤、里見による独白のような形で語られます。
以下、引用です。
一体、何をしたというのだろうか、初診した患者の死の経緯について正しい証言をした者が大学を追われ、事実、患者の診療に誤りを犯した者が、大学の名誉と権威を守るという美学のもとに、大学のあらゆる力を結集してその誤診を否定し、法律的責任を逃れて大学に留まる、何という不条理であろうか、しかし、これが現代の白い巨塔なんだ、外見は学究的で進歩的に見えながら、その厚い強固な壁の内側は、封建的な人間関係と特殊な組織によって築かれ、里見一人が、どう真実を訴えようと、微動だにしない非常な世界が生きている――。
『白い巨塔(三)』P376 山崎豊子(新潮社)
感想
「白い巨塔」第3巻では、財前五郎の野心と才能、そして彼を取り巻く人間関係の複雑さが巧みに描かれており、どんどんと引き込まれていきます。
特に、医療裁判をめぐる展開は、現代社会においても重要な問題を提起しており、深い考察を促します。
人間の欲望と倫理、医療の理想と現実の狭間で揺れ動く登場人物たちの姿は、読者に強い印象を与えます。山崎豊子先生の緻密な取材と鋭い洞察力に基づいた本作は、医療小説の金字塔として今なお多くの読者を魅了し続けています。
第4巻の記事はこちら
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