山崎豊子先生の代表作「白い巨塔」は、権力と野心が渦巻く大学病院を舞台に、医療界の闘争劇を鮮烈に描き出した傑作。
この壮大な物語は単なる医療ドラマの枠を超え、人間の欲望と倫理の葛藤、組織の力学を深く掘り下げた社会派小説として高い評価を受けています。
目次
「白い巨塔」第一巻のあらすじ
物語は、国立浪速大学第一外科教授・東貞蔵の教授退官を目前に控えた状況から始まります。
次期教授を目論む財前五郎の野望が表面化し、学内での派閥争いに巻き込まれながらも、着実に力をつけていく様子が描かれています。
財前は手術の腕前で注目を集める一方で、マスメディアを通じて派手に取り沙汰される存在で、敵も少なくありません。
教授選が進むにつれ、手段を選ばざるを得ない状況となり、大学病院を中心とした大きな権力闘争に次第に巻き込まれていきます。
消毒薬で手を洗い、看護婦の差し出したタオルで横柄に手を拭うと、財前五郎は、煙草をくわえて、外来診察室を出た。
白い巨塔〈第一巻〉P5
主な登場人物紹介
財前五郎
国立浪速大学第一外科助教授。
優れた技術と学識を持つ外科医でありながら、権力欲に駆られています。
教授職を手に入れることを使命とし、不本意ながらも政治的な力を付けていく彼の姿には、運命に翻弄される人間性が象徴されています。
東貞蔵
浪速大学医学部第一外科教授。
国立浪速大学出身者でありながら、浪速大学第一外科教授を務めています。学閥や派閥との調和を図り、大きな権力を持ち、財前の昇進に大きな影響を与える人物です。
当初はエスカレーター式に任命されるはずだった財前の教授職を阻む壁となり、彼の策謀が病院内の政治的な駆け引きによる緊張感をもたらし、物語に重厚感を与えています。
東政子
東貞蔵の妻。
夫の権力を背景に自らの地位を守り、さらには病院の組織外への影響力を行使する人物です。彼女の行動は、医療界の裏で繰り広げられる人間関係の複雑さを象徴しています。
鵜飼医学部長
浪速大学医学部長。
大学病院の権力者として、教授選に絶大な影響を及ぼします。鵜飼の存在は、物語における権力構造を明確にしています。
里見脩二
浪速大学医学部付属病院第一内科助教授。
患者の命を第一に考える内科医。財前の同期であり数少ない友人でもあります。
院内政治には全くの興味を示すことなく研究に邁進し、質素な暮らしを送る彼は、医師としての誇りと使命を全うする姿勢を持つ稀有な存在として描かれる。
財前との対比により、里見の存在は物語の中で重要な倫理的な視点を提供します。
財前又一
財前産婦人科医院院長。
財前五郎の義父であり、彼を経済的に支える。教授選に挑む財前の野心を助長し、その行動に大きな影響を与える人物の一人です。
早くに父を亡くし、苦学生としてキャリアを積んできた財前を婿養子に迎えたこともあり、五郎は恩義以上のものを感じ、教授選に挑むこととなる。
大河内
浪速大学医学部病理学科科長・教授。
鵜飼の前任の浪速大学医学部長病理学教授。教授選では公正の名のもとに委員長を務め、公正の名のもとに教授選を取り仕切ります。
財前の医師としての腕を厳格に評価している一方、教授選における“根回し”に対する嫌悪感も覚えています。大河内も里見同様、医療の技術と倫理のバランスを取るための重要な役割を果たしています。
花森ケイ子
財前の愛人。バー「アラジン」のホステス。
医大中退という背景を持つ彼女は、財前の公私に深い理解を示す数少ない人物。ときおり発せられる核心をつく発言で、財前五郎が自身行動を顧みるシーンが多々あります。
医療界の政治をめぐる闘争
大学病院という閉鎖的で権威主義的な環境が生み出す独特の組織力学が、第1巻では克明に描写されています。財前は自身の能力を最大限に活かすために組織内での”ポジション”を強固にしようとしますが、それは同時に彼を組織の論理に縛り付けることにもなります。
東教授や鵜飼医学部長との関係性は、個人の野望と組織の利害が複雑に絡み合う様子を鮮やかに描き出し、これらの描写を通じて、医療界の構造的問題や、そこで働く人々の内面の葛藤が浮き彫りになっています。
ストーリーの展開
財前五郎の教授昇進を巡る熾烈な争いを中心に物語が進行します。
財前は教授というポジションを前提に、助教授として局内の雑務を一手に引き受けてきました。プライベートにおいても、新年のあいさつに誰よりも早く東教授のもとへ伺う姿勢を見せ、公私ともに東教授への忠誠を果たしてきました。
学内外で次期教授と目される財前を見るにつけ、自身の存在感が薄れていくことを苦々しく思うようになり、ついには「財前下ろし」を敢行していく東の行動に深いドラマを感じます。
政治的な駆け引きや人間関係が複雑に絡み合い、一教授選だけでは終わらないようなスリリングな展開が続きます。
財前五郎と里見脩二の対比
財前五郎の野心と里見脩二の倫理観は、物語に重要な視点を与えています。
財前は自己の名声と権力を追求する一方で、里見は患者の人生を第一に考え、医師としての使命を全うしようとします。一見すると両者の対比は異なる人間性を感じさせますが、お互いを尊敬し認めているからこその意見の相違が見られます。ここに「白い巨塔」の面白さがあります。正解ではなく、見解を闘わせることに医療とはなにか?という深い問題が突き付けられます。
医学と倫理の狭間:テーマとメッセージ
財前五郎の卓越した手術技術は多くの患者の命を救う一方で、彼の野心が倫理的な問題を引き起こすことがあります。
この対立は、現代医療が直面する根本的な課題を浮き彫りにしているのではないでしょうか。例えば、財前が行う高難度の手術は、患者にとって最後の希望となる反面、彼の名声を高めるための手段としても利用されます。
この二面性は、医療の本質的な目的と個人の野心との間の緊張関係を生み出しています。
患者の命と医師の野心が衝突する場面や、医療界の腐敗と理想主義の対立が描かれ、読者に医療の本質と人間の倫理について考えさせます。
財前の行動は、現実の医療界における倫理的なジレンマを象徴しており、そのテーマは現代にも通じるものがあります。
背景と作者の執筆動機
山崎豊子先生は、医療界の内部事情を詳細にリサーチし、現実の医療問題を作品に反映さたそうです。
彼女の執筆動機には、医療界の透明性と倫理的な問題提起が含まれており、社会に対する鋭い視点が伺えます。医療の現場で実際に起こっている問題を描写することで、読者に現実の医療界の姿を伝えようとしているのではないでしょうか。
社会への影響と反響
「白い巨塔」は発表当時から大きな話題となり、医療界や一般社会に衝撃を与えました。
ドラマ化や映画化もされ、多くの人々に医療の現実を考えるきっかけを提供しました。特に、財前五郎のキャラクターは社会的な議論を呼び起こし、医療の倫理や権力の問題について多くの人々に考えさせました。
感想
本作は、医療界の闇をリアルに描写しながらも、登場人物たちの人間ドラマが緻密に描かれています。日本の医療システムが抱える構造的な問題も鋭く指摘し、大学病院における階級制度、研究と臨床の分離、医療行政の不透明さなどが浮き彫りにされています。
これらの問題は、単に個人の野心や倫理観だけでなく、システム全体の改革が必要であることも示唆しているのだと考えさせられます。
財前五郎の葛藤や里見脩二の信念に共感し、物語に引き込まれます。
「白い巨塔」第一巻を読み解く
物語の中で描かれる権力闘争や倫理的な葛藤は、現実の医療界と深くリンクしています。財前のキャラクターは、野心と倫理の狭間で揺れ動く人間の姿を象徴しており、その行動や心理描写が物語に奥行きを与えています。
彼の成功と失敗、そしてその背景にある政治的な駆け引きが物語の魅力を引き立てています。
次巻への期待
第一巻では教授選への伏線が多く張られ、その結末は次巻に譲ることとなります。
教授選は財前の信念や行動にのみならず、そこに付随する人々の思惑や野望が渦巻いています。
まるで将棋の駒のように自身が戦局の一部を担っていることに対する自棄にも似た思いを抱きながらも、教授への道を突き進みます。
里見との関係、大学病院内の権力闘争の行方など、次巻での展開を期待しつつ読み進めることができます。
「白い巨塔」第一巻は、医療界の現実と権力闘争、そして人間ドラマが交錯する壮大な物語です。読者は物語を通じて、医療の本質と人間の倫理について深く考える機会を得るでしょう。
第二巻の記事はこちら
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