
名言で読む【ティファニーで朝食を】
「どこにも属さずに生きることは、ほんとうに自由だろうか?」
トルーマン・カポーティによる中編小説『ティファニーで朝食を』は、1950年代のニューヨークを舞台に、ホリー・ゴライトリーという女性の姿を、語り手の記憶を通して描き出します。
この記事では、物語のあらすじ、登場人物、象徴的な言葉やモチーフなどをもとに、読解の手がかりを整理します。
あらすじ
1940年代のニューヨーク。
語り手である作家の「僕」は、かつて同じアパートに住んでいたホリー・ゴライトリーのことを思い出す。
郵便受けに入っている「ミス・ホリデー・ゴライトリー トラヴェリング」のカードのとおり、ホリーは誰のものにもならず、どこにも根を張らずに生きようとしていた。
けれど、過去は彼女を追いかけてくる。テキサスから突然現れた“夫”によって、本名ルラ・メイとその過去が暴かれ、さらには囚人との関係を疑われて警察に連行される。
未来を約束していた外交官ホセとの関係もスキャンダルを恐れた彼が姿を消したことで、終わりを迎える。
すべてを失っても、ホリーはとどまらない。旅立つ朝、唯一そばにいた“名もなき猫”を雑踏のなかに放ち、別れを告げる。
その後、語り手は街角で、あの猫を見つける。その猫は落ち着ける場所を見つけたようだった。
ただ一つ願うのは、ホリーがどこかでそういう場所を見つけてくれていること。
登場人物一覧
ホリー・ゴライトリー
本名ルラ・メイ。
南部の田舎町出身で、14歳で結婚していた過去を持つ。
ニューヨークでは「ホリー」と名乗り、社交界を渡り歩く奔放な生活を送る。
誰のものにもならず、自由であることに執着する一方で、孤独を抱えている。
「それはティファニーみたいなところなの」(P64)
「僕」(語り手)
無名の作家。ホリーと同じアパートに住んでいた。
ホリーに惹かれつつも、距離を保ちながら彼女を見つめる“観察者”であり、記憶のなかのホリーを静かに語る存在。
「何もないよ。ただ君は僕の友だちで、心配しているってだけさ。これからいったいどうするつもりなのか、教えてもらいたいね
フレッド
ホリーの兄。優しくてのんびり屋の馬好きで、ピーナッツバターをこよなく愛する。
ホリーが家を出た14歳の時以来、再会していないが、彼女にとって唯一の「家族らしい存在」として、語り手と重ね合わせられる。
(ホリー)とても優しくて、頭がぼんやりとして、考えるのにすごく時間がかかるってこと(P34)
ジョー・ベル
レキシントン街の一角でバーを営む独身の男性。
無口で気難しい性格ながら、ホリーや語り手にとっては欠かせない存在。
戦時中は電話の貸し出しや伝言の取り次ぎを通じて、二人を静かに支えていた。
趣味はアイスホッケーとワイマール犬、そして15年間欠かさず聴いているラジオドラマ。
「ああ、たしかにおれはあの子のことが好きだったよ。でもな、彼女に手を触れたいとかそういうんじゃないんだ」(P18)
ユニオシ
かつてホリーや語り手と同じアパートに暮らしていた、日本出身とされる(実はカリフォルニア出身)カメラマン。
アフリカを旅していた折、村で見つけた木彫りの彫刻がホリーにそっくりだったことから、彼女の消息をめぐる物語が再び動き出すきっかけとなる。
「いつもいつもうちの呼び鈴を押されては困るんだ。お願いだから、後生だから、合い鍵を作ってください」(P22)
ドク・ゴライトリー
ホリーがかつて田舎で結婚していた“元・夫”。
14歳だったホリーを妻として迎え、彼女の兄フレッドとともに家庭を築いた過去を持つ。
獣医で農家、素朴で頑固な田舎者の彼は、都会で変わっていったホリーを今も「家に帰るべきだ」と信じている。
「名前はホリーじゃない。ルラメー・バーンズっていうんだ。結婚前はな」(P105)
O.J.バーマン
ホリーのかつてのエージェント。
ホリーの破天荒さに愛想を尽かしながらも、どこかで見守っている。
「そいつは間違っている。彼女はまやかしなんだよ。でもその一方でまた、あんたは正しい。だって彼女は本物のまやかしだからね。(中略)」(P49)
ラスティー・トローラー
裕福な家に生まれたスキャンダラスな元子役。
幾度もの離婚歴とゴシップで世間を騒がせた有名人。
子どものような見た目と従順な性格で、ホリーに付き従いながらも、彼女の心を射止めようとしている。
「君は僕のことが好きじゃないんだ」(P67)
マグ・ワイルドウッド
アーカンソー州出身の長身の女性。
特徴的などもりを武器に、欠点をあえて際立たせることで周囲の注目を集める。
自信と謎めいた雰囲気を併せ持ち、男たちを魅了する一方で、ホリーには警戒されている。
「あなたったら、ひ、ひどいじゃないよ。子、こんなに素敵な、ひ、ひとたちを、自分だけでひ、ひとりじめにするなんてさ」(P70)
サリー・トマト
マフィア絡みの過去を持ち、面会に来るホリーに謎の“お天気情報”を伝えさせている。
(ホリー)でもとてもやさしいおじいさんで、驚くばかりに信心深いの。金歯さえなかったら、お坊さんみたいに見えちゃうわね。毎晩私のために祈ってくれているんだって。(中略)」(P41)
ホセ・イバラ・イェーガー
ブラジル出身で、母はドイツ人。
知的で物腰は穏やか、仕事には真面目に取り組む外交官風の紳士。
政府関係の職務を抱えつつ、ナイトクラブに通い、社交界にも顔を出す不思議なバランス感覚の持ち主。
異国で暮らす中で、ホリーやその友人たちに独特の“アメリカ的魅力”を感じて惹かれていくが、どこか浮いて見える存在でもある。
「彼女はただ悲しんでいるだけなのですか?」(P122)
もっと『ティファニーで朝食を』を楽しむ
この小説に明確な“結末”はありません。
ホリーが何者だったのか、どこへ行ったのか、語り手にもわからない。
彼女は、過去と未来のあいだをさまよう誰かの記憶として、読者のなかに残り続けます。
キーワード
トラヴェリング
ホリーの郵便受けに差し込まれていた名刺には、「ミス・ホリデー・ゴライトリー、旅行中」と記されていた。
それは彼女の自由への執着と、どこにも留まらず誰のものにもならないという生き方を象徴する。
彼女自身、「明日どこで暮らしているか、自分でもわからない」と語り、名刺はティファニーで“何かを買いたくて”作ったものだった。
それは、彼女なりの礼儀であり、同時に帰属を拒む意志のあらわれでもあった。
「結局のところ、私が明日どこに住んでいるかなんてわかりっこないでしょう。だから住所のかわりに旅行中って印刷させたの。なんにしてもそんな名刺を作らせるなんてまったくの散財だっわ。ただね、たとえ小さなものでもいいから、あそこで何か買い物をしなくっちゃって思ったの。借りがあるみたいっていうか。ティファニーで注文したのよ」(P70)
名前のない猫
ホリーは猫に名前をつけず、「誰のものでもない」と距離を保とうとする。
猫は自由と孤独の象徴であり、彼女自身の生き方の投影だった。
だが路上に放したあと、姿が見えなくなると「私のものだった」と泣きながら探し回る。つながりを拒みながらも、心の奥では愛着を求めていた。
その矛盾がにじむ。猫は、ホリーが恐れていた「愛されること」の象徴として、物語に深い余韻を残す。
「前に言ったわよね。私たちは川べりで出会ったのよ。それだけのこと。どっちも一人きりで生きていくの。お互い何の約束もしなかった。私たちは何の――」(P166)
ティファニー
ホリーにとってティファニーは、「悪いことが起きない」と感じられる心の避難所。
静かで誇らしげな店内に身を置くことで、不安や孤独から一時的に解放される。
彼女はそんな“ティファニーのような場所”が現実に見つかれば、初めて家具を買い、猫に名前をつけ、どこかに属してもいいと思っている——それは、自由を手放す覚悟と、安らぎへの憧れがにじむ告白だった。
リッチな有名人になりたくないってわけじゃないんだよ。私としてもいちおうそのへんを目指しているし、いつかそれにもとりかかるつもりでいる。でももしそうなっても、私はなおかつ自分のエゴをしっかり引き連れていたいわけ。いつの日か目覚めて、ティファニーで朝ごはんを食べるときにも、この自分のままでいたいの。(中略)」(P63)
名言で読む『ティファニーで朝食を』
語り手の部屋
とはいえ、ポケットに手を入れてそのアパートメントの鍵に触れるたびに、僕の心は浮足立った。
『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)P9
ホリーの郵便受けのカード
社交用の名刺みたいにあらたまった書体で印刷されており、「ミス・ホリデー・ゴライトリー」、その下の隅に「旅行中(トラヴェリング)」とあった。それはまるで歌の文句みたいに僕の耳に残った。「ミス・ホリデー・ゴライトリー、トラヴェリング」
『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)P21
ホリーのこと
彼女はまた猫を一匹飼っており、ギターも弾いた。日差しの強い日には髪を洗い、茶色の雄の虎猫と一緒に非常階段に座って、ギターをつま弾きながら髪を乾かした。その曲が聞こえると、僕はいつもそっと窓際に行って、耳を澄ませた。彼女はとても上手にギターを弾き、ときどきはそれにあわせて歌いもした。まるで変声期の少年のようなしゃがれた、割れがちな声だった。
『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)P29
ホリーの性格
「私は違うな。何にでも慣れたりはしない。そんなのって、死んだも同然じゃない」
『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)P32
ティファニー
「かわいそうに名前だってないんだから。名前がないのってけっこう不便なのよね。でも私にはこの子に名前をつける権利はない。ほんとに誰かにちゃんと飼われるまで、名前をもらうのは待ってもらうことになる。この子とはある日、川べりで巡り会ったの。私たちはお互い誰のものでもない。独立した人格なわけ。私もこの子も。自分といろんなものごとがひとつになれる場所をみつけたとわかるまで、私はなんにも所有したくないの。そういう場所がどこにあるのか、今のところはまだわからない。でもそれがどんなところだかはちゃんとわかっている」
彼女は微笑んで、猫を床に下した。
「それはティファニーみたいなところなの」と彼女は言った。
『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)P64
赤い気分
「ブルーっていうのはね、太っちゃったときとか、雨がいつまでも降り止まないみたいなときにやってくるものよ。哀しい気持ちになる、ただそれだけ。でもいやったらしいアカっていうのは、もっとぜんぜんたちが悪いの。怖くってしかたなくて、だらだら汗をかいちゃうんだけど、でも何を怖がっているのか、自分でもわからない。何かしら悪いことが起ころうとしているってだけはわかるんだけど、それがどんなことなのかはわからない。あなた、そういう思いをしたことある?」
『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)P64
共犯
そのとき僕も知ったのだが、成功した盗みは人の心を高揚させるのだ。よく万引きするのかい、と僕は訪ねてみた。
「昔はね」と彼女は言った。「というか、何かがほしければ、盗む以外になかったのよ。でも今でもちょくちょくやっている。腕を錆つかせないために」
『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)P88
ホリーからのプレゼント
しかし僕は今でもまだその鳥かごを持っている。それを掲げてニューオーリアンズに行き、ナンタケットに行き、ヨーロッパ中を旅し、モロッコや西インド諸島にも行った。でもそれがホリーからプレゼントされたものだと思い出すことはほとんどなかった。というのはある時点から、僕はその事実を忘れてしまおうと決心したからだ。我々は一度大きな仲違いをした。
『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)P96
仲たがい
「あなた、お金を儲けたくないの?」
「そこまではプランに入ってない」
「あなたの小説と同じ。最後がどうなるかもわからないままに書いているみたいだもの。ひとついいことを教えてあげる。お金は儲けた方がいいわよ。あなたの想像力はお金がかかるから。あなたのために鳥かごを買ってくれるような人は、そうたくさんはいない」
「悪かったね」
「すまながるのは、私をぶってからにしたら。あなたはさっきそうしたいと思ってたでしょう。手の感じでわかるのよ。そして今だって同じことを考えているはず」
『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)P100
ドクへの気持ち
「野生のものを好きになってはだめよ、ベルさん」、ホリーは彼に忠告を与えた。「それがドクの犯した過ち。彼はいつも野生の生き物をうちに連れ帰るの。翼に傷を負った鷹。あるときには足を骨折した大きな山猫。でも、野生の生き物に深い愛情を抱いたりしちゃいけない。心を注げば注ぐほど、相手は回復していくの。そしてすっかり元気になって、森の中に逃げ込んでしまう。あるいは木の上に上がるようになる。もっと高いところに止まるようになり、それから空に向けて飛び去ってしまう。そうなるのは目に見えているのよ、ベルさん。野生の生き物にいったん心を注いだら、あなたは空を見上げて人生を送ることになる」
『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)P116
語り手の想い
僕はたしかに彼女に恋をしていた。かつて母親が料理人としてやとっていた黒人のおばさんに恋していたのと同じように、あるいは配達の巡回に一緒に回らせてくれた郵便配達人や、マッケンドリックという一家全員に対して、恋心を抱いていたのと同じように。
『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)P118
ニューヨーク
「何年かあとに、何年も何年もあとに、あの船のどれかが私をここに連れ戻してくれるはずよ。私と、九人のブラジル人の子供たちをね。どうしてかといえば、そう、子供たちはこれを目にしなくてはならないからよ。この光と、この川を。私はニューヨークが大好きなの。私の街とは言えないし、そんなことはとても無理だと思うけど、それでも樹々や通りや家や、少なくともそんな何かしらは私の一部になっているはずよ。だって、私自身もそういうものの一部になっているんだもの」
『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)P132
わかれのあいさつ
「私がいなくなって淋しがってくれる人なんて、どこにもいやしない。一人の友だちもいないんだもの」
「僕がいるじゃないか。君がいないと僕はすごく淋しくなる。ジョー・ベルだって同じだよ。それに――たくさんそういう人はいるさ。たとえばサリー。気の毒なミスタ・トマト」
『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)P134
落馬の場面
「お願いだから、ちゃんと正直に言ってよね。ほんとに大丈夫? 死んでもおかしくないところだったのよ」
「でも死んじゃいないさ。僕の命を助けてくれてほんとにありがとう。君は素晴らしい女性だ。二人とはいない人だ。君のことが好きだ」
「馬鹿な人」、ホリーは僕の頬にキスをした。すると彼女の顔が四つになり、僕はそのまま気を失ってしまった。
『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)P138
ホリーの逮捕
「地方検事局は、美しい新進の女優にしてニューヨーク社交界で名前を知られるホリー・ゴライトリー(20歳)を、国際麻薬密売組織の重要人物とし、黒幕サルヴァトーレ・『サリー』・トマトとの繋がりを追及している。パトリック・コナーとシーラ・フェツォネッティの両刑事(写真左と右)が彼女を67分署に連行するところ」。詳細は三ページに。
『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)P140
ホリーの逮捕②
「お願い」とホリーは刑事たちに押されるように階段を運ばれながら、なんとか僕に向かって言った、「猫にご飯をあげてね」
『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)P144
わかれ
でもある日曜日、明るい日の差す冬の午後、ようやく僕はその猫に巡り会った。鉢植えの植物に両脇をはさまれ、清潔なレースのカーテンに体のまわりを縁取られ、いかにも温かそうな部屋の窓辺に、猫は鎮座していた。猫はどんな名前で呼ばれているのだろう、と僕は思った。今ではきっと、彼にも名前が与えられているはずだ。そしてきっと猫は落ちつき場所を見つけることができたのだ。ホリーの身にも同じようなことが起こっていればいいのだがと、僕は思う。そこがアフリカの掘っ立て小屋であれ、なんであれ。
『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)P170
『ティファニーで朝食を』を紹介したい理由
この小説を読んだとき、誰かを思い出すような気持ちになりました。はっきりと顔は浮かばないのに、たしかに“そういう人”がいた気がする。
ホリー・ゴライトリーという名前は、その記憶に仮の名前を与えてくれるのかもしれません。
だから私はこの本を、誰かをそっと思い出したい人にこそ、紹介したいと思います。
読んだあとの「問い」
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あなたは、どこかに「ティファニー」のような場所を持っていますか?
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名前をつけられなかった何かを、今も思い出すことがありますか?
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もし、あの猫に再会したとしたら――あなたはどんな言葉をかけるでしょう?
参考文献
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『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)
※引用はすべて『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)による。


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