名言で読む【雨のなかの猫(CAT IN THE RAIN)】

アーネスト・ヘミングウェイの短編小説『雨のなかの猫』は、たった6ページの物語。

でもそこには、言葉にしきれない寂しさと、誰かに受けとめてもらいたい衝動が、雨のように静かに降りつづけている。

この記事では、この小説を読む上での“感情のよりどころ”となるキーワードをいくつか拾い、あなた自身の「問い」に立ち返る材料として紹介します。

あらすじ

雨が降りしきる海辺のホテルに滞在する、若いアメリカ人夫婦。

外に出られず部屋にこもる日々の中、妻は窓の下でうずくまる子猫を見つけ、「あの猫をひろってくる」と言い出す。

夫は動かず読書を続け、彼女はひとり階下へ。

フロントでは老いた支配人が礼儀正しく彼女を迎え、メイドが傘を差し出してくれる。しかし外に出てみると、猫の姿はもうなかった。

落胆しながら戻った彼女は、部屋で夫に「猫がほしかった」と繰り返す。

猫だけでなく、髪を伸ばしたい、新しいドレスがほしい、自分の銀器で食事がしたいと、次々に言葉があふれ出す。

彼女の“ほしい”という願いは、猫を超えて、何か大きな欠落への渇望にも見える。

そして物語の最後、ドアをノックして現れたのはメイド。彼女の腕のなかには、「猫」がいた――。


登場人物

アメリカ人の妻(名は出てこない)

子猫を気にかけ、外へ出ようとする若い女性。

夫との関係に何かしらの距離を感じながら、自分の感情にも整理がついていないまま、「ほしい」という思いを募らせていく。

アメリカ人の妻

「猫がほしい。いますぐに猫がほしい。髪をのばして楽しめないなら、せめて猫を飼ったっていいじゃない」(P130)

ジョージ(夫)

ベッドで読書を続ける夫。

妻の言葉にやさしく返すが、その関心は終始表面的で、彼女の“本当の声”には届いていないのか、あるいは無関心を装いたい。

ジョージ

「もういい加減にして、何か本でも読めよ」(P130)

ホテルの支配人

寡黙で礼儀正しい年配男性。

妻は彼の佇まいに好意と信頼を感じており、物語の終盤では、猫を彼女に届けるよう指示した“見えない味方”として機能する。

ホテルの支配人

「シ、シ、シニョーラ、ブルット・テンポ。ひどい天気ですな」(P126)

ホテルのメイド

彼女の部屋を担当している女性。

支配人に言われて傘を差し出し、最後には猫を抱えてやってくる。

ホテルのメイド

「ア・ペルドゥト・カルケ・コサ、シニョーラ(何かおなくしになったんですか、奥さま?)」(P127)

もっと『雨のなかの猫』を楽しむ

ヘミングウェイは「氷山の一角」という文体で知られる作家。

この作品も、その表面は「猫を探す」だけの短い話に見えるが、アメリカ人の妻が「本当は何をほしがっているのか?」という、深い問いがある。

キーワード

『雨のなかの猫』が執筆された1920年代初頭、ヘミングウェイの妻ハドリーは妊娠していました。

作中に登場する“子猫”を胎児の象徴と読むのは、ごく自然な解釈と言えるでしょう。

この“猫”は、沈黙と距離の続く夫婦関係の中で、「何かを変えたい」「動かしたい」という妻の希求を象徴しているとも考えられます。

猫をほしがる彼女の言葉は、愛情の表明というより、関係の停滞を破るための手段に近いものです。

一方、夫ジョージは終始ベッドから動かず、彼女の言葉に応じることはありません。

“ほしい”と求める声と、“応えない”という姿勢。

その静かな対比の中に、ふたりの関係の揺らぎがにじんでいます。

アメリカ人の妻は窓際に立って、外を眺めていた。その窓の真下、雨露がしたたり落ちている緑色のテーブルの下に、猫が一匹うずくまっていた。雨露に濡れまいとして、一生懸命体を丸めている。(P126)

この作品でずっと降り続けている雨。

「変わらない関係性」が可視化されている。

支配人

猫を届けたのは夫ではなく、支配人の指示を受けたメイドでした。

この行為は、妻にとって「自分が望むをした誰かに自分の気持ちを理解してもらえた」という小さな救いを象徴しています。

一方で、夫は自ら動かず、その役割を見知らぬ他者に委ねています。そこには、関係の修復も終わりも、誰かに代わって決めてほしいという無自覚な放棄が感じられます。

アメリカ人の妻は彼が好きだった。どんな苦情も彼が真剣に聞いてくれるところが好きだった。威厳をたたえたその容姿が好きだった。いつもこちらの役に立とうとしてくれるところが好きだった。ホテルの支配人としての、その在り様が好きだった。彼の老いた重厚な顔と大きな手が好きだった。

名言で読む『雨のなかの猫』

「とてもほしかったわ、あの猫。どうしてあんなにほしかったのか、わからないけど。あの可哀想な子猫、連れてきてあげたあった。だってみじめじゃない、あの子猫、可哀想に、雨に打たれて」(P128)

「猫がほしい。いますぐに猫がほしい。髪をのばして楽しめないなら、せめて猫を飼ったっていいじゃない」(P130)


『雨のなかの猫』を紹介したい理由

ヘミングウェイの短編『雨のなかの猫』は、言葉にできない孤独や満たされなさを、たった数ページで浮かび上がらせます。

「猫がほしい」と繰り返す女性の姿に、自分でも説明しきれない“何か”を抱えた経験がある人なら、きっと共感するはず。

静かな読後感が、心に長く残る一編です。

読んだあとの「問い」

あなたにとっての『雨のなかの猫』を言葉にしてみませんか?

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参考文献

  • われらの時代・男だけの世界: ヘミングウェイ全短編 (新潮文庫)

※引用はすべて『われらの時代・男だけの世界: ヘミングウェイ全短編 』(新潮文庫)による。

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