短編『パパが帰ってくるまでのクリスマスパーティー』

第一章

雪はまだ降っていなかったが、降る前の気配が窓に迫っていた。空は低く、雪が降ることを待ち構えているような静けさがあった。

少年はソファに座り、テレビで流れるおもちゃのCMをぼんやりと見ていた。父親にそれを買ってもらう約束をしてもらうところを空想していた。

キッチンの奥からは泡立て器の音が静かに響いてくる。甘い香りが部屋の空気にじんわりと混じって、暖かさにほどよく溶け込んでいく。

少年の母親が振り返って「クリームが冷えたら、できあがり」と言った。少年は嬉しくなってキッチンへと向かう。

ケーキはまだ裸のままだった。クリームも飾りもない丸いスポンジがそこにある。

(おもちゃを買ってもらえるって思いながら、おもちゃ屋さんに向かうみたいだ)

彼はそう思った。少年はやっぱり嬉しくなった。

第二章

ケーキはできあがって、テーブルの真ん中に置かれていた。

白くなめらかなクリームの上に、赤い苺がいくつも並んでいる。それは、小さな灯のようだと少年は思った。

「早く食べたいな」

 「早く帰ってくるといいわね」

「いつ帰ってくるかな、パパ」

ぽつりぽつりと交わされる会話。

母親と椅子に並んで座ると、それだけで少年には満ち足りたものがあった。

隣の部屋から赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。その声は高く、軽く、すぐに消えてしまいそうで、少年の胸をわずかにざわつかせる。

「赤ちゃんは泣くものだよ」 

父親がそう言っていたのを思い出す。少年は黙ってケーキを見つめていた。

第三章

玄関のドアが音を立てる。

「帰って来たみたい」母親の声色が変わった。

床に足音がしみこむように近づいてくる。

「ただいま」

ベージュのコートの肩に雪を少し乗せたまま、父親が現れた。

「おかえり」。少年はケーキから目を離さなかった。

「すごいな、これ。おまえが作ったのか?」

 「ちがうよ」

 「ママと一緒に?」

 「ううん、ぼくは見ていただけ」

父親は笑って、それ以上は何も言わなかったが、ひとつ苺をつまむふりをするとこう言った。

「さあ、内緒で食べちゃおうか」

少年は自分でもわからなかったが、赤ちゃんが泣いているような気がした。

第四章

食事が終わると、切り分けられたケーキが少年の目の前に運ばれてきた。

スポンジの断面から甘い匂いが立ちのぼる。

「先に食べていてね」

母親はそう言うと、父親がそれを受けて何か言葉を添えた。少年にはよくわからなかったが。

母は席を立って赤ん坊のもとに向かう。

「待ちに待ったケーキだな」

少年はうなずきながら一口食べた。

「おいしい」とは言わなかった。母が戻るまで、言葉にしたくなかった。

父はビールをひと口飲んでから、少年に言った。

「パパの苺もあげるよ。それから、ケーキも半分」

そう言って、父は自分の分のケーキを少年の皿に移した。

少年は嬉しく思いながらも、不思議な気持ちだった。

(ママのケーキが、パパのケーキになっちゃったな。)

それでも、「パパがくれたケーキ」も嬉しかった。

第五章

パーティーが終わった部屋には、静けさと名残だけが残っていた。

少年の飲みかけのミルク、母親の冷えた紅茶、ときどきしか見かけないパーティー用のお皿。

「さあ、来年のパーティーの準備だ!」

父親の機嫌のいい声が赤ちゃんが寝ている部屋から響いた。少年はお風呂に入る準備を母と始めた。

服を脱ぎながら洗面室の天井を見上げると、少年の口の中には苺の味がまだほんのりと残っているようだった。

「また、来年もパーティーしようね」

母親がそう言うと、少年は母親と同じ気持ちだったのでとても嬉しかった。

「来年はね、ぼくも一緒にケーキをつくりたいんだ」

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